結局は良かったっすよ、の話

こんにちは~、先ほど白チワワのちびナナたんとの散歩から帰ってきたchiguです。

外を歩くとあづいなあ。

部屋のなかはまだ涼しい。気温が上がらないし風も通るし。気持ち良い。

で、PCに向かっています。膝にはちびナナたん。ぶふ~っと幸せそうに鼻をならして甘えています。いいよね、その音。いつだってほんわかな気持ちにしてくれる。


さて、先日ちょっと過去を振り返る記事を書いたんだけれど、今日はその続き。

作家になろう!って自分で決めて、どうなったか。


結論からごく正直に書くと

・「作家になったらこうなりたいなあ」とぼんやり描いていた夢のほとんどは叶った。

・しかし叶った状況や叶った結果の気持ちは、いつもハッピーではないときもあった。

・逆に自分では思いつきもしないような素晴らしい出来事も起こった。

・自分で決めたことだから、愚痴や不満が一切無い。これは一緒に暮す人にとっても良かったようだ。

・経済的には相方に頼っている部分がとても多い。一方で、自分でまわしてうまく行っている部分ももちろんある。

・人に素直に甘えられるようになった。

・やりたいことをやって良かった。これからはもっとやる。

・しかし思うようにやりたいことが出来ずに違うことをやっていたことも、今の生活をかなり支えている。


よくある話だけど、長い目で見ればたいていのことは結果オーライで、その時はなんだか違う、苦しいなあと思っていても、それが無ければ今のハッピーは無い、ということばかり。

ま、うまく出来ているもんです。


そのひとつの例なんだけどさ。

ものを作って生きていきたいと思っているけどどこから手を付けて良いか分からないし、その勇気も持てず、はじめに就職した職場で働いていたとき。

一回、転機はあったんだよね。

職場の研修制度を利用して、一年かけて専門学校に通って専門職の資格をとったらどうかという話が出たのよ。

そのとき私は、一年かけて何か学ぶのだったらもうぐいっと方向転換して、職場はアルバイトに格下げしてもらい、職場とは関係なくジュエリーの学校に通いたいと思ったの。で、そう、相談したの。

まあそうそう誰も賛成しないわな。

で、自分もまだそこでもやもやしていて、結局無難に資格を取って専門職として職場に戻ることにしたよ。「この職場も好きだし」「資格とったらやれることが増えるし」とか、まあ、それも嘘じゃないわけだし、いくらでも自分を説き伏せられるよね。

で、資格とって、その後数年専門職としてとてもよく働いたね(と思う。なにしろみんなやたらよく働く職場だったからな~、基準がちょっとよく分かんないんだよね。)


その後何度か、「あのときジュエリーの学校通ってたら今、また違ったんじゃないかな」と思うことはあった。ほんの何度かにしても。


でもね~、やっぱりあの時間があって良かったのよ。

一生懸命勤務しながらも、追い込まれるように自分はどうしても何か作りたいんだって気持ちが募って行ったからこそ、今、ぶれずにいられるもんね。自分は他のことやったって、どうせここに戻ってくるんだぞって。だってその仕事だって好きだったんだよ、ホントに。

そして資格をとっていたからこそ、「どうしてもだめだったら資格も経験もあるから就職出来るだろ」って心の支えに出来たもんね。それが現実的かどうかって問題じゃなくて(実は大変現実的なことだった、そのことはまた続きで書きます)、自分を支えてくれる材料があったってこと。それがあるからこそ、逆にものを作っていく気持ちを強く持てたこと。

自分の後ろの橋を燃やすことと、心の命綱を持っていることはそう矛盾しないのだ。



10年以上かかったけど、自分の思いをよく聞いてあげて決めたことは、それなりに良い結果を持って来てくれると今は信じられるようになった。

そして、一度にそれをドバ~ッと決行出来なくても、それはそれで支えをもたらしてくれるってことも、今は分かってる。

自分を無視し続けない限りは。


その後についてはまた書きます。


ここのところ刺繍も良く手が動いてありがたい。作りたいものがあるって幸せなことだ。

chiguのアトリエ自由帳

手織り・手紡ぎ、そしてオートクチュール刺繍を手掛ける作家chiguのブログです。

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