気合の晩御飯

こんにちは~、次は何を織ろうかまだ考え中のchiguです。

織りたいものがたくさんあるとは言え、家にある素材を使ってあげることも考えなくては。

コーンに半端に残ったウールとか、手紡ぎ糸のちょっとした余りとか。

何にしようかな。何になりたい?



さて、相変わらずぶれずにおうちごはんLoveな生活。

実のところ本当に一貫して好きで長く続いていることというのはご飯を作ることではないかと思う。

作らなければ生活が成り立たないから、とか、そんなことではない。

私がもしご飯を作るのが好きでなかったら、作らないで済む方法を模索すると思う。

自分で作ったご飯がおいしい、というのは私の生活のHappyを支える大黒柱で、もちろん面倒な日もあるし適当な日もたくさんあれど、基本的に作って食べるのが好き、というのは変わらない。あ、これって晩御飯の話ね。


といささか偉そうな出だしだけれど、実際は凝ったものはまず作らない。

「焼いただけ」「蒸しただけ」「炒めただけ」のオンパレード。味付けも本当に手をかけていなくて、塩・胡椒と醤油くらいしか使わない。まあ、みりんとかお酢はそれなりに使うけど。砂糖はみりんで代用するので、料理には使わない。お菓子に使う。

たまに塩麹と醤油麹を作ると、すごく便利だからこれはよく使う。

買った調味料は飽きてしまって使い切れないので、めんつゆ、とかドレッシング、とかポン酢等は買わない。

要するに、味付けのバリエーションがおそろしく少ない。

あ、一応、みりんと醤油と味噌と塩を選ぶのはそれなりにこだわってると思う。

それと胡椒は胡椒ひきでひいたものしか使わない。まあ、胡椒ひきがあったら、それと別にひいた胡椒まで買う必要が無いから自然にそうなるけどさ。

え~と、調味料のバリエーションは少ないけど、それなり選んではいますってことね。


そういう「調理法そのものはシンプル」なスタイルに行きついたのは、私の暮らす地域はそもそも農作物が身近でとても美味しいからだと私は思ってる。

採りたてを手に入れられることが多くて、そういうものってそんなに凝った調理をする必要が無いのだ。

むしろ手を加えすぎることが失礼なのではないかという素材が手に入ることもある。

その恩恵をなるべくしっかり受けるべく、特に野菜は「より近くのもの」から選ぶ。

そして必ず季節のものを食べる。シーズンオフのものを無理して買ったりしない。


で、調理そのものに手間をかけるより、その素材を活かせる調理法を考えることにエネルギーを使う。

調理台に肉厚でつやつやしたピーマンが転がっているのをじっと眺めて、「君たちにはちょっと多めの油と醤油が合うはずだ。」と思う。切って少し齧ってみてかたさや甘さを確かめて、「君たちにはみりんや酒すら要らない。ごま油の香りも要らない。」という結論になって、少し多めのこめ油で炒め(炒めるときも混ぜすぎない、炒めながら次の野菜を切っているくらいが程よい)、まだ固いうちにざっと醤油を回しかけるだけにする。

齧ったときの印象によってはごま油を加えたいときもあるし、甘辛くしたいときもある。


そんな風に素材ひとつひとつと割と真面目に向き合う、それが手間をかけるってことであり、気合が入ってるってことになるのだ。私の場合。

で、実際に手をかけてやることは…あまり無い。

野菜の下処理が一番手間のかかる作業だと思う。あとはほんと、さささっと。


最近は豚肉もかなり新鮮なものが手に入るようになったから、ごはんはますます楽しい。

次は美味しい鶏肉が手に入るようになりますように…とささやかなお願いごと(笑)。


前のブログにも何回か書いたけど、刺繍でも糸紡ぎでも料理でも、目の前にある素材としっかり向き合って創作が始まる、という点では同じなのだ。


今日は写真なし。

料理の話題だけれど、料理の写真は撮らない。食べることにまっしぐらで、写真を撮ることなんて思いつきもしないから。



chiguのアトリエ自由帳

手織り・手紡ぎ、そしてオートクチュール刺繍を手掛ける作家chiguのブログです。

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